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「…なんか用?」
少しの沈黙の後、彼がつぶやいた。
動き回る自分の手元をみつめたまま。
「あ!ううん!
ごめん!じゃ、じゃまだよね!
帰るね!ばいばい!」
わたしは、くるりと向きを変える。
この様子だと、見られてなかったみたい。
ほっと胸を撫で下ろし、出口へと急ぐ。
一刻も早く、この謎の緊迫感から解放されたい。
「里中さん。」
背後から呼びかける声。
わたしは、ビクリと足を止める。
・・・わたしの名前、知ってたんだ・・・
そろりと、振り返ると、まっすぐにこちらを見据える瞳。
つ・・・冷たい。
摂氏マイナス20度はあろう視線に、わたしは固まる。
さっきまでの寒さなんて、比じゃない。
「里中さんは、なんでここにいるの?」
ああ、声まで冷たい。
ツンドラ地帯か、ここは…。
「えーと…」
凍りつきそうな脳みそで必死に言い訳を考える。
「その!探検!
放課後、珍しい教室みて回ってんの!趣味で!」
く・・・くるしい。
もう2年近くいるんだから、理科室なんて珍しくもなんともないだろう!わたし!
「ふーん。」
あ、納得しちゃうんだ。
「では!わたし、まだ見てみたい教室あるから!」
再び、ぐるりと向きを変え出口へと向かう。
「イイ趣味だね。
…男の趣味も。」
…ヤラレタ。
前代未聞の大寒波。
わたしは、冷たくなった首をゆっくりと後ろに回す。
視線の先、氷柱のように佇む彼の顔には、うっすらとした微笑み。
手にしたフラスコを、ゆっくりと持ち上げ、中の液体を覗き込む。
ブルーの液体の向こう、微笑みが歪曲する。
「気をつけてね。
……アズ。」
言葉とともに、うすい唇がフラスコに触れていた。
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