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「たく…少しは周り見ろよな」
時刻は11時半。大きなガラス窓から直に差し込む明るい日差しが真夏の正午を物語っている。時差ぼけでぼうっとしたままの頭を働かせて一之瀬は自身の財布を開いた。しかし本日の昼食を空港内の売店で購入しようという彼の期待は開いた財布の虚しさを前に見事に絶たれることとなった。両親は共働きで仕事中である。息子の久々の帰国を出迎える土門家の団らんに邪魔するのも無粋であろう。途方にくれた一之瀬は行き場を失った空腹に小さなため息をついた。
「カズヤ腹減ってるのか?」
そんな一之瀬の態度を疑問に思ったマークが隣で首を傾げている。
「ああ、でもさっき雑誌を買っちゃったからもうお金がなくてさ」
顔をしかめて言った彼を見てマークのエメラルドの瞳は驚きに見開かれた。
「じゃあうちに来なよ!俺が昼食出してやるよ
生憎母さんたちは
いないんだけどさ」
不意に俺の手を取って満面の笑みを見せたマークは何ともあどけなく可愛らしい。ノーと言わせぬ説得力を持つその愛らしさは天然ゆえの彼の性分なのだろう。
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