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「………」
資料や本が散らばる、乱雑とした部屋の中。
原稿用紙と目の前に座る人を交互に見て、私はドキドキと胸を鳴らしていた。
目の前に座る女性、灰谷さんは、じっくりと原稿用紙に綴られた文字を目で追っている。
その若干厳しい目が上下に動く度、どこかに逃亡したい気分になった。
灰谷さんが私の担当について、1ヶ月が過ぎようとしている。
前担当の坂口さんが編集長に就任したので、引き継ぐ形で灰谷さんがやって来た。
下積み時代から面倒を見てくれていた坂口さんが担当から外れる。
それはとても寂しく不安だった。
坂口さんは優しく、どんな時も私の事を考えてくれる素晴らしい担当で…父親のように慕っていたから。
それでも灰谷さんは担当として優秀だった。
気配りを忘れないし、尋ねて来る時も必ず手土産を持ってくる。
私はテーブルの上に上がっている有名洋菓子店の包みを見て、そっと喉を鳴らした。
しかし、優秀だけれど私にとっては取っ付きにくくもあった。
彼女は優秀な成績で優秀な大学を卒業したらしく、プライドが高いのだ。
まだ出版社に就職して2年目だというのに、彼女はベテラン編集社のように振舞う。
それが少しばかり私を戸惑わせている要因だった。
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