‡一章‡

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  赤い杖が弧を描く。 横腹を強く叩かれ、大人ほどもある猪はその足を止めて怯んだ。 息を荒げ、小さく唸る。 警戒の色を強めた目で辺りを見回し、たったいま自身を打った敵を捉えた。 「あっちゃー、結構思いっきりやったんだけどねぇ。内臓外したみたいだわ」 青葉の生い茂る土をしかと踏みしめ、その敵は長い杖を一度くるりと回した。 人間の女性だ。 深紅の髪を後ろ手に結わえた、妙齢の女性。 依頼の魔物から離さない朱鷺(トキ)色の目は、不敵に笑っていた。 「退治するつもりはないけど、あんたが人里下りてくると迷惑なっちゃうみたいなの。  エサなら森の中にいっぱいあるでしょ? 悪いけど尻尾巻いて引き返してくれないかしら」 答えはより大きな唸りだ。 その猪――ハルドボアは彼女と正面に対峙し、先程同様の突撃を繰り出した。 ひどく直線的な突撃だ。 だが野生で育まれた脚は速く、真正面からハルドボアに睨みつけられるプレッシャーが対象を竦ませ、並みの戦士でも上手く避けるのは難しい。 迫るにつれハルドボアの姿はどんどん大きくなり、足音が振動へと変わった。  
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