‡一章‡

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  倒せたわけではない。 ゆっくりとした動きでハルドボアは立ち上がり、こちらも土を払うためか、全身を揺さぶった。 来るか。 警戒して彼女は次の呪文を唱えるが、その必要はなかった。 ぷいと、ハルドボアの顔が彼女から逸れたのだ。 本来の巨体に見合ったゆったりとした足取りで、森の奥へと帰っていく。 そちらはハルドボアがいるべき場所だ。 深追いする必要などなく、おそらくこれでしばらくはこちらに下りてくることもないだろう。 構えていた杖を下ろし、彼女は安堵のため息をもらした。 無事に依頼達成だ。 陽を避けて木陰に移動し、手で風を送った。 熱を帯びた体に新鮮な空気が当たる。 右手中指にはめた指輪を見つめた。 赤の色鮮やかな宝石が彼女の顔を映している。 「ふふん。まあ、チョロいもんよね?」 大木に背を預け、深紅の髪に朱鷺色の眼を持った魔道士――エリア=ティストリカは誰にともなく呟いた。  
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