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首筋にかかる微かに熱を持った息。肌を撫でる現実味の無い指。真綿のように重さを感じさせない肢体。
透き通るような白い顔の上半分を覆う狐の面の奥には、星屑を散らした、ぬばたまの闇が窺えるのみである。
柔らかく豊かな胸から腕へと白磁の肌を、刺青の龍が身をくねらせ滑って行く。
それをなんとは無しに眺め、不意に与えられた甘い痛みに、僅かに身じろぎする。
足首を飾る小さな鈴が、しゃらしゃら鳴った。
烏の濡れ羽色の長い髪が、純白の敷布に流水模様を描く。か細い吐息が漏れた。
重ねた唇や肌から、重く湿った不可視の物が染み入って、気怠さが増す。
(ああ……落ちる)
天蓋に咲き乱れる睡蓮がしだいに霞み、意識が闇へと沈んで行く。最後に聞いたのは、カミの声無き囁きだった。
『無垢な娘、末恐ろしい器。そなたは何に化けるのかえ――』
目覚めると水底に横たわり、淡いひよこ色の水中花の群に埋もれていた。
しばし覚醒しないまま、ぼうっと揺蕩っていると、水が割れ光が射し込んだ。
「大丈夫? シラン」
繊細な白い手が労るように額に当てられ、汗ばんだ頬を撫でる。
水底と思ったそこは、天蓋から下がる幕に囲われた寝台の中だった。
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