紫蘭、睡蓮を恋う

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 身を起こすと軽い目眩(めまい)に襲われる。 「まだ寝ていなさい。陰気を受け過ぎたのよ」  清楚(せいそ)な洋装に身を包んだあえかな女が、まだどこか幼さを残した女の細い身体を支え、再び寝台に横たえた。  熱く乾いた唇に、砕いた氷の欠片(かけら)が押し当てられる。  口に(ふく)むともどかしい程ゆっくりと、それは甘く溶けた。 「ごめんなさいね。わたくしのお客様だったのに、まだ新造の貴女(あなた)に任せて……他の傾城(けいせい)は嫌だとおっしゃるから」 「月の(さわ)りじゃ仕方がありませんもの。それに、私は大丈夫ですから」  枕元に置かれた女の手に、甘えるように頬を擦り寄せ、そっと握る。 (私は無垢なんかじゃない。ただただ、姐様(あねさま)をお(した)いしているだけ)  天蓋の幕の隙間から、色硝子(いろがらす)を通った日差しが、白壁に極彩色の蝶を描くのが見えた。  その(かたわ)らには、独特な形をした紫蘭の花が、群れ飛ぶ蝶のように咲き乱れている。 「姐様。門に()が入るまで、ここに居てはいけませんか」 「好きなだけ居なさい。わたくしはお茶()きですもの。なんて言うと、()り手に(しか)られるかしら」 「遣り手なんて、怖くありません。――姐様の睡蓮も、私の天蓋で美しく咲いています。数が増えたら、天井の池に分けようと思って」 「あらあら、わたくしの分身達は、シランがよっぽど好きなのね」  ころころと鈴を転がすように女が笑うと、水中花が音も無くゆらゆら揺れた。
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