紫蘭、睡蓮を恋う

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 典雅な女の手が優しく優しく頭を撫で、髪の間から覗いた猫のような獣の耳をくすぐる。  耳が気持ち良さげにぴくりと震えた。 「シラン。可愛いシラン。貴女を見初(みそ)めるカミは、これからも増えるのでしょうね」  歌うように囁く女の声に合わせ、くるるっと獣の耳を持った女の喉が鳴る。 (どれだけカミに見初められようとも、この方以上に私が欲する者はいない)  それがたとえ叶わぬ想いだとしても……  獣の耳を伏せ、女の白魚のような指に()り寄せながら、目を閉じる。  今はこうして触れ合えても、この館を出てしまえば、どうなるか分からない。  本来の姿に戻れば、拾ってもらえる奇跡もあるかもしれないが、同じ世界、同じ時、同じ場所にゆけるかも、定かではないのだ。  幾層(いくそう)もの世界が重なるそのどこかに、この(くるわ)は存在している。  カミは正門から来訪し、(けが)れを(はら)い正門から去って行く。  しかし娼妓(しょうぎ)となるモノ達は、裏門を(くぐ)ったが最後、自由に外へは出られない。年季が明けるか、身請(みう)けされるかして、地下の門の間から新たな世界へ旅立つしかない。  それが、(おきて)だった。
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