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「スイレン姉様。カザハナがとうとう御職になるというのは、本当ですか?」
「ええ。遂にこの廓の顔になったの。わたしくも、負けてばかりもいられないわね」
女はくつくつと密やかに笑いながら、つと手を止めると、甘える女の頬を掌で包んだ。
見上げる薄緑の瞳を覗き、真面目な面持ちで囁く。
「シラン。その気になれば、貴女も御職になれるのよ。わたくしを越える気はなくて?」
「いいえ。私は姐様を追うだけで満足です。たまにこうして、スイレン姉様に愛でて頂ければそれでいい……」
「欲が無いのね。貴女は底知れぬ器を抱いているのに」
たとえそれが事実だとしても、即ち真実だとは限らない。黒髪を揺らす女にとっての真実は、この一時に凝縮されている。
密やかで甘美な時。空間に満ちる蜜のような安らぎと、静かに燃える熱情。これこそが、刹那に穿つ幸福な真実だ。
「姐様。私は身請けされるつもりはありません。年季が明けたら、スイレン姉様を捜しにゆきます」
「わたくしも、時が許すまでここで過ごすつもりよ。こうして貴女の髪を撫でながら」
それは何よりも甘い響きとなって、黒髪の女の耳をくすぐった。
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