紫蘭、睡蓮を恋う

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 頭を撫で(さす)る手のぬくもりに酔う内、いつの間にか甘い夢の奥深くへと落ちていた。  (うつつ)では叶わぬ想いが花開き、温かく柔らかな肌と肌が触れ合い、香り高い蜜の匂いが、霞みがかった世界に満ちる。  黒髪を散らした女の唇が震え「ああ……」、吐息と共に紫蘭の花弁がほろほろと(こぼ)れ落ち、閉ざされた夢幻の世界を埋めて行く。  どこからか流れ着いた薄青い睡蓮が、ふわりふわりと漂い揺れる。  (つゆ)を溜めた葉に紫蘭が触れると、露はたちまち硝子(がらす)玉に変わり、きらきら(またた)き、さながら万華鏡のように乱反射し世界を映す。 「ああ……」  女の吐息が深くなり、闇の色がじわりじわりと増してゆき、夢幻の終りを告げていた。  姿無きカミの囁きが(よみがえ)り、木霊(こだま)する。 『そなたは何に化けるのかえ――』  たとえ何に変わろうとも、女は花を恋い慕い続けるのだろう。この花園では叶わぬ想いだろうとも……  (ゆえ)に女は無垢で美しい花として、カミの寵愛(ちょうあい)を受けるのだ。  やがて門に灯が(とも)り、花園の夜が花開く。花の名を冠す者達の誠の想いなど知らぬげに……             了。
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