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「水揚げが恐ろしいかい? 避けられぬ事と承知しているね」
「分かっています。この館の門を潜った時から、いずれは自分も、と……だけどっ」
少年の目から大粒の涙が溢れた。
硝子玉のように頬を転げ落ちるそれは、切なく儚く、それ故に美しい。青年は優しく、少年の柔らかな髪を撫でる。
きっと、不安で押し潰されそうになる心を、少年は必死に保っているのだろう。
「お前は賢い。それに器量良しだから、いいお客が付くよ」
「兄様、カザハナ様っ」
胸に縋ってきた少年の華奢な肩を抱き、背中をさすっては叩く。これから幾度、こうして泣く子を宥めすかし、華やかなれど、けして優しくはない世界へと導くのだろう。
(考えるな。ただのヒトの私には、世界を変える力などありはしない)
青年は苦汁を飲み込み、平素の様子を装う。これは部屋持ちの宿命なのか。それとも、情を移した己が罪か。
「お願いです、カザハナ様。俺の水揚げをしてください。初めては、カザハナ様がいいんです」
「それは出来ぬ事。聞き分けておくれ」
どんなに泣かれようと、色子の己が禿を傷物にするわけにはゆかない。そんな事をすれば、共に無事ではいられないのだ。
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