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「カザハナ様あぁっ――」
「好きなだけお泣き。ここには私とお前だけ……誰に気兼ねする必要も無い」
少年は青年の腕の中、牡丹の群に顔を埋め、身も世も無く涙する。
栗色の髪を撫で、背を叩き、少年の号泣が啜り泣きに変わるまで、青年は黙って寄り添っていた。
天井の池に泳ぐ艶やかな紅の金魚が、光の雫を散らし跳ねる。
(私にも、この子にも、帰る場所は無い。割り切って年季が明けるのを待つか、身請されるのを待つ他無い)
この館にやって来るのは、行き場の無い者が殆どで、追い出されれば、大半が路頭に迷う。
裏社会から抜け出し、命からがらこの館に転がり込んだ青年にも、口減らしで家を出された少年にも、待っている者は無かった。
「お前の魂は強くしなやかだ。見初めるカミも多かろう。御職だとて夢ではないよ」
「カザハナ様。せめて、俺に名をください」
「名を? 私で良いのかい」
色子としてこの世界で生きて行く為の名。鎖であり、鎧でもある、大切な物。それを己が付けても良いのかと躊躇する。
真っ直ぐに見上げてくる少年の、涙を纏った硬質な瞳が、胸にちくりと刺さる。
青年は未だ、薄片の散る庭へと目を移した。
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