34人が本棚に入れています
本棚に追加
ようやく肩に届くまでに伸びた少年の髪を、髪留めでひとつに結び、青年は小さく息を零した。
静謐な空間に漣が生じたのか、袂の牡丹がふわりと揺れる。
すると、どこからか飛んで来た小振りの蝶が、青年の指に留まり、薄氷のような羽を息衝くように震わせた。
「分かっているよ。気忙しい事だ」
青年は邪険に蝶を払うと、少年の手を取り、朱塗りの櫛を載せる。
「こんな物ですまないけれど、貰っておくれな。傷みは無いから」
「おありがとうございます。一生大切に致します」
少年は櫛を大事そうに両手で握ると、深々と頭を下げた。
畳に幾つも幾つも、透き通った雫が落ちる。少年は意を決したように、ぐいっと目を拭い立ち上がると、青年の肩に触れた。
青年と少年は、しばし無言で視線を絡め、引かれ合うまま顔を寄せる。
微かに重なり合った唇は、互いの息を交わす間も無く離れ、少年は未練を断ち切るように、足早に部屋を出て行った。
見送る青年の膝、純白の牡丹の花弁に、ぽつりと一粒の露が転がる。
それは青年の手に払われ弾け、跡形も無く消えた。
花の名を与えられた彼の者達は、夢幻の花園で咲くしかない。たとえ泥に塗れようとも……
二人の行く先を知ってか知らずか、庭では風花と山茶花が、束の間の逢瀬を惜しむように、戯れ揺れていた。
了。
最初のコメントを投稿しよう!