舞う風花、潤む山茶花

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 ようやく肩に届くまでに伸びた少年の髪を、髪留めでひとつに結び、青年は小さく息を(こぼ)した。  静謐(せいひつ)な空間に(さざなみ)が生じたのか、袂の牡丹がふわりと揺れる。  すると、どこからか飛んで来た小振りの蝶が、青年の指に留まり、薄氷のような羽を息衝(いきづ)くように震わせた。 「分かっているよ。気忙(きぜわ)しい事だ」  青年は邪険に蝶を払うと、少年の手を取り、朱塗りの櫛を載せる。 「こんな物ですまないけれど、貰っておくれな。(いた)みは無いから」 「おありがとうございます。一生大切に致します」  少年は櫛を大事そうに両手で握ると、深々と頭を下げた。  畳に幾つも幾つも、透き通った雫が落ちる。少年は意を決したように、ぐいっと目を拭い立ち上がると、青年の肩に触れた。  青年と少年は、しばし無言で視線を絡め、引かれ合うまま顔を寄せる。  微かに重なり合った唇は、互いの息を交わす間も無く離れ、少年は未練を断ち切るように、足早に部屋を出て行った。  見送る青年の膝、純白の牡丹の花弁に、ぽつりと一粒の(つゆ)が転がる。  それは青年の手に払われ弾け、跡形も無く消えた。  花の名を与えられた()の者達は、夢幻の花園で咲くしかない。たとえ泥に(まみ)れようとも……  二人の行く先を知ってか知らずか、庭では風花と山茶花が、束の間の逢瀬を()しむように、(たわむ)れ揺れていた。             了。
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