彼岸花の思い出

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     重く(こうべ)を垂れた稲穂の海。乱舞する赤とんぼの透けた羽。何もかもが西日に照らされ、世界が金色に染まっている。  様々な金色が溶けた視界の中、さわりと紅蓮の(ほむら)が身震いした。  (いな)。秋風に揺らめき、ぴんと反り返った花弁を震わせるのは、深紅の彼岸花だった。 「こんこんさん。遊びましょ」  夏の名残の麦藁帽子を被り、野火のような花群に声を掛けると、 「みやこちゃんっ」  嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした男の子が、いつも飛び出して来る。 「けんけん、石投げ、鬼ごっこ。何して遊ぶ?」  歌うように言いながら、男の子が手を取りくるくる回る。  くるくる。くるくる。  黄金(こがね)色の髪が風になびいてきらきら光る。 「そんなに回っちゃだめ。こんこんさん、光に溶けちゃう」  金色の海の中、彼岸花の赤がくらくら揺れる。男の子の輪郭が淡く光に(にじ)む。  それがなんだか急に恐ろしくなって、(たま)らずぎゅっと目を閉じた。 「さよならだね」  哀愁に満ちた囁きだけを残し、男の子は姿を消した。  まるで光に溶けてしまったかのように……  だから今でも彼岸花の群を見る度、そっと声を掛けてみる。 「こんこんさん。遊びましょ」             了。
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