prologue

4/4
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
モーゼルを出した時点で静まったギャラリーは、彼女の進路に立ちたくないとばかりに、我先にと道をあけていく。 花道ができると野次馬は完全にシンと静まり返り、下手なジャズとブーツが床を叩く音だけが店内に響いた。 女の手がバーのドアに触れたときだった。 「待ちやがれ! このアマァ!!」 テーブルの上に散らばったカードが舞い、グラスが倒れてウィスキーをぶちまける。 男が血の弧を頭で描きながら、後ろに倒れていく。 ジャズが止まり、一瞬の静寂に薬莢が落ちた。 器のような真鍮が、硝煙を吐きながらフローリングを転がる。 マスターが磨き終わったグラスを置き、新たなグラスに手を伸ばす。 「アマじゃない。私にはキチンと名前がある。だけど……」 モーゼルが木製のホルスターに収まった。 「五月蝿い負け犬に名乗る名前なんて無い」 扉が音をたてて閉まる。 野次馬は押し黙ったまま、女が去った扉を見つめていた。 「命知らずのバカとは奴のためにある言葉ですな」 バーのマスターが呟いた。 磨いたロックグラスに氷を落としてバーボンを注ぎ、目の前の黒髪の男に差し出した。 「彼女は?」 マスターに話しかける彼の口調は落ち着いていた。 グラスを運び、乾いた唇をバーボンで濡らす。 「ケイト・タモーラ。見た通り、死体をこさえるのが仕事の女ですよ」 「殺し屋か?」 マスターは静かに首を横に振る。 撃たれた男の仲間が死体をバーの外に運び出している。 かなり肥えているようなので、四人がかりでも運び出すのは骨が折れそうだ。 首を踏まれた痩せ男も呼びかけには答えない。 首が妙な方向に曲がっている所を見ると、すでに手遅れだ。 じきに蟹のように泡を吐き始める。 「殺人快楽者」 彼はグラスを静かに置いた。 水晶のような氷がカランと音を立てる。 「殺る気ですか?」 死にかけている痩せ男が運び出される。 野次馬たちは悪い夢でも見ているように呆然としているが、他の客は既に席に着いて陽気に飲んでいる。 聞き流すだけの下手なジャズも再開した。 彼はテーブルの上に置いた、シルバーとブラックのツートーンの1911を脇の下のホルスターに納めた。 「止めた方が賢明ですよ」 マスターは、金を置いて背を向ける彼に言った。 すると、横顔で彼の口元があがった。 そして鼻で笑う。 「殺らないさ。俺は臆病な小心者だからな」 彼はコートに片手を突っ込み、無駄に重苦しい扉を開けた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!