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モーゼルを出した時点で静まったギャラリーは、彼女の進路に立ちたくないとばかりに、我先にと道をあけていく。
花道ができると野次馬は完全にシンと静まり返り、下手なジャズとブーツが床を叩く音だけが店内に響いた。
女の手がバーのドアに触れたときだった。
「待ちやがれ! このアマァ!!」
テーブルの上に散らばったカードが舞い、グラスが倒れてウィスキーをぶちまける。
男が血の弧を頭で描きながら、後ろに倒れていく。
ジャズが止まり、一瞬の静寂に薬莢が落ちた。
器のような真鍮が、硝煙を吐きながらフローリングを転がる。
マスターが磨き終わったグラスを置き、新たなグラスに手を伸ばす。
「アマじゃない。私にはキチンと名前がある。だけど……」
モーゼルが木製のホルスターに収まった。
「五月蝿い負け犬に名乗る名前なんて無い」
扉が音をたてて閉まる。
野次馬は押し黙ったまま、女が去った扉を見つめていた。
「命知らずのバカとは奴のためにある言葉ですな」
バーのマスターが呟いた。
磨いたロックグラスに氷を落としてバーボンを注ぎ、目の前の黒髪の男に差し出した。
「彼女は?」
マスターに話しかける彼の口調は落ち着いていた。
グラスを運び、乾いた唇をバーボンで濡らす。
「ケイト・タモーラ。見た通り、死体をこさえるのが仕事の女ですよ」
「殺し屋か?」
マスターは静かに首を横に振る。
撃たれた男の仲間が死体をバーの外に運び出している。
かなり肥えているようなので、四人がかりでも運び出すのは骨が折れそうだ。
首を踏まれた痩せ男も呼びかけには答えない。
首が妙な方向に曲がっている所を見ると、すでに手遅れだ。
じきに蟹のように泡を吐き始める。
「殺人快楽者」
彼はグラスを静かに置いた。
水晶のような氷がカランと音を立てる。
「殺る気ですか?」
死にかけている痩せ男が運び出される。
野次馬たちは悪い夢でも見ているように呆然としているが、他の客は既に席に着いて陽気に飲んでいる。
聞き流すだけの下手なジャズも再開した。
彼はテーブルの上に置いた、シルバーとブラックのツートーンの1911を脇の下のホルスターに納めた。
「止めた方が賢明ですよ」
マスターは、金を置いて背を向ける彼に言った。
すると、横顔で彼の口元があがった。
そして鼻で笑う。
「殺らないさ。俺は臆病な小心者だからな」
彼はコートに片手を突っ込み、無駄に重苦しい扉を開けた。
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