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羽根を広げる。背中に小さな人間が乗る。羽ばたく。
風に乗って空に舞い上がると、その日はどちらに行こうかと太陽を見た。
「どっちに行きたい?」
背上の子どもに尋ねると、嬉しそうに西を指さした。そちらには、広い草原がある。
「草原か。見たことないか?」
背の子どもは何度も頷き、バケモノは一気に空を切った。
柔らかな草の上に降りると、子どもはバケモノの背から降りた。草は長く、子どもの身長よりも高い。
「どこ行ったかわかんねえな。鈴でもつけるか」
バケモノの独り言も聞かず、子どもは草の間から空を見上げていた。
子どもの目線から見えるであろう世界を考え、バケモノは空を見上げた。
青い空、長く伸びる草。それ以外のない世界。
バケモノは決して見れない世界を思い、呼吸を止めた。
知らない感情が胸を満たす。それは悲しみに似ていた。そして虚しさを引き連れた。
「……空は」
バケモノは、一人で呟く。答える声などない。それでも、聞く耳はある。
「広いな」
言葉は、誰かに届く。
空を見上げるバケモノの足を、小さな子どもが掴んだ。まるで、バケモノがどこかに行かないか心配するように。
「……なんだ、別にどこにも行かない」
赤黒い痣が手足に残り、言葉を持たない青い目の子ども。
翼を持たない彼にとって、バケモノの言葉は酷く曖昧なのだろう。
それでも、バケモノは言葉でしかその思いを証明できなかった。
「行く場所もない」
バケモノの言葉で顔を上げ、子どもは笑った。美しい蒼穹の瞳を歪め、バケモノの足を掴んだまま。
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