甘言

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食料を取って来ようと一度森に戻り、小さな鹿を見つけた。 昼にはちょうどいいだろうと、旋回して狙いを定める。 しかし、その鹿が少し違うことに気付き、バケモノは森に降りた。 『すまんな、異形なる者』 その小鹿の前には、美しい漆黒の鹿が立っていた。 『こいつは我が子だ。悪いが、違う者を捕らえてくれ』 それは、バケモノと同じ、鹿のバケモノだった。 「……わかったよ、今はウサギにしといてやる」 『ありがたい』 小鹿を慈しむように首をもたげる漆黒の鹿を見て、バケモノは嫌な既視感を覚えた。 「……何故、そこまでして子を守る?」 バケモノには、それは理解できないことの一つだった。 親の無償の愛や、恋人への献身。それら全て、バケモノには無駄なことに思えて仕方なかった。 『何故か……私とて深層までわからぬ。 だが、愛おしいと思った。それだけだ』 それだけの理由で、漆黒のバケモノは愛を知った。 それはまだ、独りのバケモノには理解できない。 「……そうか、俺にはわかんねえ。だけど、」 一人の子どもを思い出した。空をその瞳に従え、言葉を持たぬ子どもを。 できれば、守りたいと、少し、 「……もう行く。悪かったな、子どもを狙って」 『いい。諦めてくれてありがとう』 漆黒の鹿と別れ、ウサギを二羽捕らえた。 子どものところに戻ると、何もない岩の上で火を起こしていた。 「やったのか?」 火について聞くと、少し恥ずかしそうに頷いた。 それに何も言わず、乱暴に頭を撫でた。優しいやり方など、バケモノは知らない。 ウサギを解体したが、内臓は水がないので少々臭くなる。子どもは文句一つ言わず平らげたが。 .
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