禁言

3/6

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
そのバケモノは、川が好きだった。 何故、と問う相手はいなかったし、理由は別段どうでも良かった。 ただ、己の本質と似ている川が好きだった。それが理由だ。 近くの街で手に入れた鶏を食い荒らし、バケモノは口についた血を川で洗った。どす黒い色が広がり、すぐに流されていった。 「……あ?」 バケモノが自分の住処に戻ると、見たことのない鎖が落ちていた。 白い枝に繋がれた鎖。そう思って近づき、それが人間の子どもだとやっと認識した。 手足に重たく無機質な鎖をつけ、足の一つが近くの木に繋がれている。 ボロ切れのような服を羽織り、覗く足は、身体を支えるにはあまりに細い。 気を失っているのか、動かない子どもを見て、バケモノはさすがに動けなくなっていた。 それが自分の住処にある理由もわからなかったし、バケモノは人間は臭くて食べる気はしなかった。彼が好むのはもっぱら草を食む生き物ばかりだ。 子どもを起こしてみようと軽くつついてみると、子どもは薄く目を開いた。綺麗なブルーの瞳だ。 「誰だ? 何だお前?」 バケモノの問いに答えず、子どもは遠くの石の上を指さした。そこには、銅でできた鍵がある。 「これ? てめえの鍵か?」 バケモノはそれを取り、子どもと木を繋ぐ鎖を解放した。 それがいけなかった。 「……あ」 その行為に強い魔法がかかっており、バケモノは二度と自分の家に入れなくなっていた。 それどころか、一刻も早くこの山を出なければならない魔法があり――バケモノは呼吸を忘れた。 「お前、人間……この俺を騙したな! 」 バケモノが叫ぶと、少年は家の奥に走って行った。バケモノの届かない、バケモノの家に。 「ああ、クソ、よくも、よくも……覚えていろ、人間風情!」 思い付く限りの汚い言葉を吐き、やがて山がバケモノを拒絶する。風が荒れ、空が陰った。もうここにはいれない。バケモノがいる限り、この場所は廃れる。 バケモノが飛び立とうと羽根を広げた時、背に何かがしがみついた。 それにも気付かず、バケモノは地を蹴った。 .
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加