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そのバケモノは、川が好きだった。
何故、と問う相手はいなかったし、理由は別段どうでも良かった。
ただ、己の本質と似ている川が好きだった。それが理由だ。
近くの街で手に入れた鶏を食い荒らし、バケモノは口についた血を川で洗った。どす黒い色が広がり、すぐに流されていった。
「……あ?」
バケモノが自分の住処に戻ると、見たことのない鎖が落ちていた。
白い枝に繋がれた鎖。そう思って近づき、それが人間の子どもだとやっと認識した。
手足に重たく無機質な鎖をつけ、足の一つが近くの木に繋がれている。
ボロ切れのような服を羽織り、覗く足は、身体を支えるにはあまりに細い。
気を失っているのか、動かない子どもを見て、バケモノはさすがに動けなくなっていた。
それが自分の住処にある理由もわからなかったし、バケモノは人間は臭くて食べる気はしなかった。彼が好むのはもっぱら草を食む生き物ばかりだ。
子どもを起こしてみようと軽くつついてみると、子どもは薄く目を開いた。綺麗なブルーの瞳だ。
「誰だ? 何だお前?」
バケモノの問いに答えず、子どもは遠くの石の上を指さした。そこには、銅でできた鍵がある。
「これ? てめえの鍵か?」
バケモノはそれを取り、子どもと木を繋ぐ鎖を解放した。
それがいけなかった。
「……あ」
その行為に強い魔法がかかっており、バケモノは二度と自分の家に入れなくなっていた。
それどころか、一刻も早くこの山を出なければならない魔法があり――バケモノは呼吸を忘れた。
「お前、人間……この俺を騙したな! 」
バケモノが叫ぶと、少年は家の奥に走って行った。バケモノの届かない、バケモノの家に。
「ああ、クソ、よくも、よくも……覚えていろ、人間風情!」
思い付く限りの汚い言葉を吐き、やがて山がバケモノを拒絶する。風が荒れ、空が陰った。もうここにはいれない。バケモノがいる限り、この場所は廃れる。
バケモノが飛び立とうと羽根を広げた時、背に何かがしがみついた。
それにも気付かず、バケモノは地を蹴った。
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