1. まぼろし

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ピンポーン…―― 「あ…、」 訪問者を知らせる音に きみはようやく キャンバスから目を離して 壁の時計を見た 「やっべ」 やっと気付いたんだね きみにとっては早い早い 時の流れに 慌てて立ち上がったきみ カラン、 鉛筆が落ちて カラカラ…――― 軽快な音を立てて ぼくの座るベッドの下に 鉛筆が潜り込んだ 「あっちゃー…」 しまったという顔をして ベッドの下を覗き込む ぼくも同じように覗けば 潜り込んだ鉛筆は一番奥 「しまったなあ、」 「しまったねえ」 きみの真似をして ぼくも腕を組んで小首を傾げた 「何がですか?」 いきなり聞こえた 別の人の声 きみと一緒に後ろを振り向けば いつも夕方に来る彼 「また時間も忘れて絵描いて」 呆れたようにため息と共に きみが誤魔化すように笑えば 「体壊さないでよ?」 ご飯もちゃんと食べて しっかり寝なさいよ、 だなんて 彼はきみのこと何でも知ってる ぼくの方が一緒にいるのに  
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