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~《第1章 学ぶことは、退化すること》より~
「魔術とは何か、御存知ですか?」
突然の言葉に僕は耳を疑った。
彼女は今、何と言っただろうか?
僕の耳がおかしくなったのでなければ、彼女は『魔術』と口にしたはずである。
成程。変人と呼ばれるだけあって、その話題は突拍子もなく、現実味の無いものだった。
僕は夕陽をバックに佇む彼女を観察する。
夕陽は彼女の体の縁を優しいオレンジで象り、不思議な雰囲気を醸し出す。
黒いおさげ髪が、彼女が微かに動くだけでユラユラ楽しそうに揺れた。白い肌は温かみのあるオレンジに染まっていて、思わずドキリとするような美しさがある。丸眼鏡の向こうでは、紅茶色の瞳がキラキラしていて綺麗だった。
素直に綺麗だと思った。
彼女は、綺麗や美しいという言葉が似合う人だと思う。綺麗や美しいの代名詞と言ってもいいくらいだ。
だが、彼女は美しくあると同時に変人でもあった。
そう。先程の『魔術』という単語は、彼女が変人であるという事を如実に語っている。
想像して欲しい。いきなり親しくもないクラスメイトの口から、『魔術』という単語がいきなり出てくる状況を。
こいつ馬鹿か?とか、頭おかしいんじゃない?とか、或いは面白い奴だな。と、思う人もいるかもしれない。
そして、僕はそのどれにも当てはまらない。
ただ、どうでも良かった。
何も答えない僕に焦れたのか、彼女は形のいい唇を動かす。
「魔術とは、言葉です」
予想しなかった答えに、僕は目を見開いた。
『言葉』
それはあまりにも日常的で、現実的で、親しみ慣れたものだった。『魔術』という非現実的なものが、いっきに身近な所まで距離を詰めてくる。
目を見開く僕の前。彼女は目を細め、何でもないことのようにその言葉を口にした。
「実は私、魔術師なんです」
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