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~同じく、《学ぶことは、退化すること》より~
そもそも、忘れ物を取りに返った僕が間違っていたんだ。
教室の扉を開けた瞬間、僕の目に映ったのは、三つ編み。制服。丸眼鏡。
しまった。と思った時には、もう遅い。
「あら?」
紅茶色の瞳と目が合った。
細められる瞳。桜色の唇が笑みの形を作り、整った顔には柔らかな笑みが浮かぶ。
綺麗な笑みを浮かべたその人は、七瀬 一葉(ななせ いちよう)さん。
学校1の美人で――
「ピロリ君じゃないですか」
変人だった。
僕は思わず後ろに誰かいないか確認。
その次の瞬間には、自分の名前の中にピロリを連想するものがないか探してしまった。
僕の名前は、柊 拓真(ひいらぎ たくま)。
あえていうなら『ひ』という文字が『ぴ』と取れなくも無いが…。
「ピロリって、誰ですか?」
思わず突っ込んでしまう。
そうすると彼女は、ふふッ。小さな笑い声をあげ楽しそうに笑った。
「あなたのあだ名ですよ。親しくなるには、まずあだ名を付けるのが一番です。きっかけは、あだ名から」
どこかで聞いたことがあるようなフレーズ。多少、自分なりにアレンジしているようだ。
「さて、ピロリ君」
「……」
「ピロリ君?」
返事を促すように、七瀬さんは首を傾げて顔を覗いてくる。
幼稚園の先生が、園児を宥める時のような光景だ。しかし僕は、園児でもなければ、彼女と同級生である。
僕は意地でも返事をする気は無かった。
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