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冷えたコートを外套掛けに掛けて1階の石油ストーヴに当たっていると数冊の図書を抱えたZeviが梯子段を降りてきた。そして、僕の後ろを横切る。「おや」と言った。
「だれか来ているようだな」
「僕だよ」
「見てるだけで寒くなるね。君、そんな短い丈で」
「……熱ッ」
咄嗟に僕は制服のスカートを押さえたのだが、ストーヴの熱に驚いて、慌ててその裾を軽く持ち上げた。
「ツヴィ君、ひとの脚をそんなに、じろじろと見るものでは……」
「おや、へんな物言いをするね」
「だってそうだもん」
「じゃ見ないよ。何も見えない。OK.」
Zeviは貸出受付の立派な書斎机の前に座り、抱えていた図書をそこに積むと、電気lampを点けて中身をしらべはじめた。それで、もう僕が何を言っても、うんともすんとも言わない。
そばの長椅子に腰かけて考えた。――たとえば青い香炉と白檀だ。それからselenograph.銀貨、月光、冷たいlemonadeに月面写真、水晶、天体望遠鏡、蝋燭、砂糖菓子、白ワイン、銀製器、生体潮汐理論etc.……Zeviはこんなのが好き。
LibrarianでLunarian.月に関してのことならまるでつい先刻、月面を散歩してきたような口吻でものを言うMooncalf.おまけに君は気分屋だ。
「ツヴィ君」
「……ん」
「悪かったよ。ねえ、お話しよう」
「館内では静かに」
「だれもいないのに」
「だって図書館は本を読むところだ。君も本を読み給え」
「本ならたくさん読んでる。最近では『星の王子様』の新訳を――」
「Sade公爵の焚書は? あれを通学鞄に入れるなんて君は凄い」
「ん?」
「Les 120 journes de sodome.Ou l’ Ecole du libertinage」
「んん?」
「先週、中央図書館で見かけたから」
「じゃあそのとき話しかけてよ!」
「いやちょっとね。熱心に読書中だったみたいだしね。――澁澤乙女?」
「違う。全然違う」
無暗に頬が火照るので嫌だ。僕はコートを羽織って外に飛び出た。
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