勇帝の誓い(前編)

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 「邪神の心音」。実に不吉な名を付けられた巨大な装置は、宇宙の片隅でその完成の時を間近に控えていた。  その中枢にて完成を心待ちにする、一人の男の姿があった。ほぼ完成している制御装置を見上げている計画の首謀者、ハザード=シャドーレイスその人である。 「いよいよ計画も大詰めだ…実に、実に心躍るではないか」  芝居がかった口調で紡がれるその言葉には、恐ろしいまでに感情の色が感じられなかった。それは最早言葉ではなく、彼の心の朗読を音声として出力しただけのもの、と言えるかもしれない。  それほどまでに、ハザードという男からは”人間らしさ”を感じることが出来ず、それ故彼は敵味方を問わず、”災厄”の呼び名で恐れられていた。  そんな彼の主導によって行われる今回の計画の要が、この「邪神の心音」という訳である。 「全方位・無制限に解放される振動波発生装置…抑止力にしては、いささか大げさですなぁ」  悦に浸っているハザードに、背後から無遠慮に歩み寄ってきた初老の男が声を掛ける。ハザードは特に気分を害した様子もなく言葉を返した。 「いやはや、全くその通りさ。どうにも私は演出過剰のようでね、このような大掛かりな計画に手を貸してくれたこと、心から感謝するよ、トルナード」  計画に賛同し、援助をしていた星間犯罪者。犯罪組織の幹部の位置付けとなる男は、トルナード(竜巻)というコードネームで呼ばれていた。首領の”災厄”という呼び名に倣って、幹部級の者たちは災害の名称で名乗りあう習慣が、いつの間にか確立していたのであった。  そういった経緯から、実はハザードもこのトルナードの本名を知らない。まぁその理由の大半が、他人にさほど興味を示さない、彼自身の性格にあるのだが。
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