勇帝の誓い(前編)

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「ご機嫌取りは終わったかい?」  わき目も振らず通路を歩いていたトルナードは、背後からの女性の呼びかけに足を止めた。 「…シェイカーか。何の用だ?」 「つれないねぇ。折角”相談”に乗ってやろうってのに、さ」  もったいぶった口調で答え、怪しい笑みを浮かべながら歩み寄ってくるシェイカーに対して、トルナードはようやく身体ごと視線を向けた。 「相談だと?」 「とぼけなくてもいいさ。あたしも正直、首領の態度を持て余している身だからね」  あっさりと告げられた言葉に、トルナードの表情が僅かに強張った。それを目聡く見つけたシェイカーは満足そうに頷くと、顔を寄せて彼にしか聞こえない小さな声で、言った。 「…手を組んで首領を欺く。この話に乗る気はないかい?」 「……貴様、それを本気で言うのか?」  トルナードは硬い表情のままだが、内心穏やかではないだろう。彼とて忠義に厚い性格とは程遠いが、それでも無数の犯罪組織を束ねている男への造反の話題を振られ、緊張の色を隠し切ることが出来ない。 「あの男は底が知れない。だからその考えの本質も掴めない。あたしとしては、ここらが潮時だと思ってねぇ」  言い終えたシェイカーは顔を離し、何事もなかったかのように屈託のない笑顔を浮かべて見せた。 「計画もいよいよ大詰めだし、最後の打ち合わせと行きたいトコだけど、付き合ってもらえるかい?」  これが最後の勧誘だと、トルナードは理解した。与えられた時間は僅かであり、選択肢は二択だ。乗るか反るか、果たしてどちらが自分にとって利益となるのか。  一瞬とも、永遠とも取れる沈黙を経て、口を開く。 「……フッ。いいだろう、付き合おうではないか」  トルナードの表情に、邪悪なまでの欲望を宿した笑みが、はっきりと浮かび上がった。
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