第一章(仮題)

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「図に乗るな! 戯れ言を抜かすその口引き裂いてくれるわ!」 「待て! 攻撃を仕掛けるのは陛下の安全を確保してからだ!」  近衛兵の一人が魔王の振る舞いに堪えかね、落ち着きをなくして食いかかった。勇み立つ部下を制止しようとする近衛隊長。  しかし彼の勢いはおさまらない。 「このまま手をこまねいていてはそれこそ陛下が! 攻勢に出て陛下を取り戻すべきです!」 「こいつは殺さないで待っててやるから早く茶を淹れてくれよ」  声を張り上げて主張する近衛兵をよそに、魔王は不遜な態度で催促する。  無論がなり立てる近衛兵だったが、近衛隊長は「くっ」と苦々しく呻くと、他の部下にがなり立てる近衛兵を抑え込ませ、 「……侍従長。茶を淹れてやれ」 「か、かしこまりました」  要求に応じるよう、従者の長たる執事に命じた。 「ぷは――っ。相変わらず人間の飲み物は妬ましいぐらいに美味いな。人間のくせに羨ましい限りだ」  三つの海と一つの巨大な大陸で構成されるこの世界には、人間とその他自然に生きる動物の他に『魔属』と呼ばれる種が存在する。  『魔に属する者』を意味する魔属は、例外なく人間個人より戦闘能力が優れており、人間の栄華を脅かしていた。  そして、人間の国王含む数百人の観衆に見守られながら茶をひとり満喫しているこの男こそ、魔属を束ねる絶対にして唯一の王。  外見は人間でいう青年にしか見えない。しかし戦闘の能だけで言えば、疑う余地なくこの世界で最強の生物だ。 「ところで国王、ものは相談なんだが……」  近衛隊長以下王に仕える皆が緊張の面持ちで見つめる。  その中心部で悠然と茶をすする魔王は、友人に話しかけるような気安さで国王に話を持ちかけようとする。  すると、周囲を取り囲む観衆の多数がざわめき立った。 「貴様ぁ! 陛下に何という口の聞き方を! 卑しき身で何と恥知らずな!」  先程いさめられた近衛兵とは別の近衛兵が怒号を飛ばす。  ざわめいている者達も同感のようで、嫌悪の表情がそれを物語っている。 「……皆落ち着け。陛下の御身を尊ぶなら、軽率な言動は控えろ」  人間にとって魔属は害悪でしかないというのが、大衆の捉える考えだ。  幾ら王の名を冠してはいても、魔属と人間の王が対等であるはずがない。  という結論に達するのも詮なきことである。
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