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「───優希。優希!」
鋭い声で呼ばれ、優希は深い思考から覚める。目の前には直樹の双眸があって、こちらを顔を覗いている。
「どうしたんだよ、ボケっとして。アップが始まるぞ」
「え? あ、ごめん……」
周囲の様子を確かめると、並んでいた列がいつの間にか解け、選手らは移動を始めていた。どうやら、新人選手の自己紹介はとっくに終わっていたらしい。それは、いよいよ練習が始まるということを意味する。
優希はあわてて直樹の後ろに続き、ウォーミングアップに入る準備をする。ランニングは、選手たちが四列の隊形になり、ライトとレフトのポールの間を往復する。優希は直樹の後ろに続いて、列に加わる。
左の手の平を見てみると、じっとりと汗がにじんで、太陽光を反射していた。心臓も、規則的なようでどこか不規則なような、しっくり来ないリズムを刻んでいる。
「とにかく、誰にも負けないようにしなきゃ……何かあったら、どうなるかわからないし……」
ランニングの列が動き出した。二、三歩、歩いた後に、次第にスピードアップしていき、スコアボードの下に差し掛かる頃に、ランニングと呼べるスピードに到達する。
優希は、自分の前を行く直樹の様子を見ながら、足並みが乱れないように、懸命について行った。
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