第1章 過去の敵を指宿で打つ

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「ところで、お聞きしたいことがあるのですが」  寺尾がとんかつの二切れ目を口に運んだ時だった。大島が、急にかしこまった口調になりながら、機嫌を伺うような視線を送ってきた。寺尾は「なに」と短く返答する。 「誠につまらない質問なんですが」  大島は申し訳なさそうに前置きしてから、こう切り出す。 「私どもにとってはありがたいことではあるのですが……どうしてコーチの増員に踏み切ったのかと思いまして。選手を補強するのが基本線かと思いましてね」 「ああ、何だ。そのことか」  質問内容は、寺尾にとっては面白みを感じないものであった。味噌汁をすすって口の中を洗い流してから、淡々と答える。 「だって、選手の一人や二人を補強したって、当たり外れもあるし、怪我や故障もする。チームを強化する手段としては、リスクが高すぎる。くじを引くようなもんだ」 「まあ……言われてみれば、確かに……」 「それなら、コーチを増やして体制を整えて、全体を底上げしたほうがまだいいよ。監視の目を増やしてノウハウを叩き込めば、補強するよりも使える人材が増えるからね」  わかったような、わからないような、微妙な表情でうなずく大島。寺尾は、とんかつの横に盛られたキャベツに箸を突っ込みながら、説明を付け加える。 「もちろん、補強ができるならしてみたかったさ。でも、せっかく親会社が増資してくれるって言ってくれたんだからね。それを極力無駄にしたくなかっただけだよ」
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