笑顔

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笑顔

昨夜から降りだした雨は一晩中降り続き、朝になってもやむ気配を見せなかった。 空は分厚い灰色の雲に覆われ、太陽はすっかりその存在を消し去られてしまっている。 時々、遠くの空が瞬間的に輝いて、雷鳴が轟いていた。 ベッドからゆっくりと下りて立ち上がると、僕は一瞬、目眩を覚えた。 僕は慌てて近くの壁に手をついて、ふらつく身体を支えた。 年甲斐もなく徹夜などしてしまったせいで、頭はひどくぼんやりとしていたし、身体はこの上ない倦怠感に包まれていた。 それというのも、昨夜、押し入れの奥で見つけた古い卒業アルバムが悪いのだ。 それは僕の中学時代の卒業アルバムだった。 ずいぶん長い期間にわたって開かれることのなかったそのアルバムは、埃を被って真っ白になっていた。 僕は昔を懐かしみながら、そのアルバムを見たのだ。 それだけだったら、僕が徹夜をするようなことは無かっただろう。 だけど、人間というのは懐かしい思い出に触れると、それが自分にとってひどく都合の悪いものでない限り、もう一度その頃に戻ってみたいなどと思ってしまうものなのだ。 もちろん、時間が不可逆である限り(少なくとも現在の技術では不可逆であろう)、過去に戻ることなどできないのだけれど、その思い出を享有する者と接することで、擬似的に過去に戻った気分に浸ろうとするのだ。 そして、僕もその例外ではない。 一度思い出に触れてしまうと、どうしようもないのだ。 だから、僕は、中学時代の友人の何人かに電話で連絡をした。 僕はずいぶん長い間、中学時代の友人とは連絡をとっていなかった。 高校までは地元の学校に通ったけれど、大学進学とともに地元を離れ、そのまま大学のある福岡の会社に就職してしまったせいで、すっかり地元の友人とは疎遠になってしまっていたのだ。 そして、僕は友人達との思い出話に花を咲かせた。 一人に連絡先を教えると、それが広まり、夜中であるにも関わらず、他の友人からも電話がかかってきた。 ある友人とは五分程度話をして電話を切り、別の友人とは一時間ほど話し、そんなことをしていたら、すっかり朝になってしまっていたのだ。 僕はふらつきながらも、何とかキッチンまで辿り着き、グラスに水を注いでから、それを一気に飲み干した。 時計を見ると、時刻は午前六時半を回ったところだった。
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