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僕が助手席に乗り込むと、工藤は僕の方を向いて、「久しぶりだね」と言った。
「ああ、久しぶりだね」
僕が答えると、工藤はゆっくりと車を発進させた。
工藤の印象は中学時代に比べるとずいぶん変わっていた。
地味で暗い印象はすっかり影を潜め、どちらかと言えば爽やかで明るい様相に変わっている。
そして、何よりも、彼の笑顔がひどく印象的だった。
彼は運転している間も、常に笑顔を浮かべていた。
思えば、彼がこんなに笑顔を浮かべている印象は、僕の中にはない。
あるいは彼の笑顔を見るのは初めてかもしれない、僕はそう思った。
僕達は郊外のレストランで夕食をとりながら、思い出話の続きを楽しんだ。
工藤は中学時代のことをよく憶えていた。
僕がすっかり忘れてしまっていた些細な事柄まで、まるで昨日の事であるかのように彼は話した。
彼の記憶は驚くほど鮮明で、臨場感に溢れていた。
おかげで、僕はずいぶん有意義な時間を過ごすことができた。
中学時代には、彼とこんなふうに再会して昔話をしながら食事をするなどということは考えたこともなかったけれど、時間の流れというのは往々にして思いもよらない事象を運んでくるものなのだ。
食事を終えてコーヒーを飲んでいると、工藤が、「これから俺の家に来ないか」と申し出た。
「構わないけれど、迷惑ではないのかい?」
「大丈夫だよ。どうせ一人暮らしだし、誰に迷惑がかかることもない。それにもう少し色んな話をしたいんだ。こんなに楽しいのは久しぶりだからね。酒でも飲みながらゆっくり話をしよう」
「そうだな。明日は仕事も休みだし、構わないよ」
僕は言った。
車に乗り込むと、工藤は山の方に向かって車を走らせた。
やがて、辺りに民家はなくなり、すれ違う車も疎らになってゆく。
曲がりくねった山道を、彼は手慣れた様子で運転してゆくが、とてもこの道の先に家があるとは思えなかった。
何か企んでいるのだろうか、僕はそんなことを思いながら彼の横顔を見た。
その顔には相変わらず笑顔が浮かんでいる。
「ところで、近々結婚するんだって?」
唐突に工藤が言った。
「うん」僕は答えてから、「誰に聞いたんだい?」と尋ねた。
「黒木だよ。昨日、君が電話で話したのだろう? 相手は田中美紀さんだったかな?」
彼は言った。
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