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耳に心しみる優しげな、そしてどこか物悲しい旋律が届く。
「……貴女も……私と同じね。……誰にも本当の自分を知られずに死んでいくの?…」
「……にゃあ……?」
「……こんなに可愛いおまえを捨てるなんて酷い人ね…」
「……なぁ?」
俺の、時が止まった。
心臓の音も、
周りの木々の囁きも、
先程まで喉を鳴らしていた猫の声さえも、
耳に届かなくなった。
世界がここだけ切り裂かれた感覚、今この時、この世界がここにしかない感覚。
こんな感覚を俺は知っている。
これは人間が本当に美しいモノに出会うと、全ての時が止まり、身動き一つ取れず、心臓さえも止まったか錯覚を覚えるんだと俺は思う。
昔、母さんに連れられて、フランソワ、ミレイの個展があって、街から郊外の山の上にある近代的な建物の形をした美術館に行った時、一枚の絵を見て、今と同じ感覚に陥った。
その絵はハムレットのオフィーリアが、背景は緑がかった木の森の中の湖で横たえながら、手を重ね、安らかな笑顔で息絶えている姿の絵だった。
神秘的で優しい味わいの筆使いで描かれ、四角の一枚の絵の中に一つの世界を醸し出していた。
俺はその絵を見た時、息も出来ずに見入ってしまった。
そして、今、目の前にある世界。
白い雪の世界に、雲間から太陽の光のシャワーが降り注ぎ、ひらひらと墜ちてくる、光をキラキラと反射させる、白銀の雪の欠片みたいで。
光の雨が降ってきている様だった。
微笑みながら、白い猫をその胸に抱き、涙を流す、それは、少女の一枚の絵だった。
どこまでも、どこまでも綺麗だった。
一番に目を引いたのが、頭の二方向に別れた髪を赤いリボンで結んで垂れ流した頭の円周に沿って雪かほんのりと積もっている
それが太陽の光をキラキラと宝石を散りばめたかのように煌びやかに反射して…まるで、
白銀のティアラを頭に乗せた、気品溢れる王女様に見えた。
少女の前髪は眉の所で切りそろえられており、髪がまた凄く綺麗な黒真珠みたいな黒髪で、指で梳いたら一度も引っかからないだろう。
切れ長の瞳は細められており、整った鼻筋、林檎色の瑞々しいとした唇、きめ細かく真っ白な綺麗な頬。
その頬に、星の欠片が流れ星の様に伝う。
その彼女の星の欠片の涙が。
……とても…とても、綺麗なモノに見えたんだ。何でかそう思えた。
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