~Day5~

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チチチチチチと、甲高い鳥のさえずりが聞こえる。日本人なら誰もが一度は聞いたことがあり、おそらくは最も親しみがあるであろう部類に属する鳥、雀の鳴き声である。この音が朝方のこの家に聞こえてくるようになったのは、先月頃からだろうか。春を迎え産卵・営巣期に入った雀が軒先を借りることに決め込んだらしく、雨樋と屋根の隙間に自慢のマイホームを作っていたのだ。 今では、リビングに遠く響く、この朝チュン部隊の朝礼が毎朝の恒例となっており、今現在もまた、目覚めたばかりの一郎の頭の奥底を、小さな金槌をもって精一杯に叩き続けている。当の一郎はといえば、起き抜けなのか、焦点の定まらない虚ろな目で昨夜から点けっぱなしのテレビをぼうっと眺めていた。 「朝10時か……。昨日寝たの遅かったからな。というか、いつ寝たのか覚えてないや。気が付いたら寝ちゃってたよ。テレビも点けっぱなしだし……。」 昨日の昼過ぎ頃、あの長崎駅での機動隊壊滅という中継が終わった後、実のところ一郎は今目が覚めるまで何もしていなかった。ただ驚き、そしてテレビが流し続ける情報に耳を傾け、漫然と無為に一日を過ごし、気付けば眠っていて今さっき目が覚めた。ただこれだけなのである。その行動原理については、一郎自身が明確に把握できているわけではなかったのだが、一言で言い表せば「諦観」の二字がまさにそれであるということができた。派遣された機動隊が全滅したという事態の中で、しかしそれは自分のすぐ目の前で起こったものではなくあくまでテレビが伝えている情報にすぎず、しかもそれが日本ではまず起こり得なかった超々大規模暴動によるというあまりにも突拍子のない事実の連続が、逆にリアル感を失わせていたのである。 自分一人の力では到底どうしようもない現在進行形の事柄を前に、一郎の心境としては、地震や台風といった自然災害のニュースを見聞きするに等しく、もはや対岸の火事といったスタンスを確立させつつあるに至っていたのだ。 いやー、大変なことになったけどどうなるんだろうか、まさに今、一郎の胸中はそういった心境なのであった。現実を直視しすぎて恐慌状態に陥るのが良かったのかどうかといわれれば、今の状況では、無意識にしろ当事者意識がたりない位がかえってちょうど良かったのかもしれないが、本人はそんな深いことまで考えてはいないといえる。
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