一章・姫将軍

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   1  季節は春。雪解けともに小さな草花が芽吹き、木々が美しく彩られていく時。  長い冬の先に訪れる、誰もが待ち遠しいその季節。だが今年はその訪れが遅いようだった。  草木の目覚めを妨げるように、堅い氷となった雪が厚く地面を覆っている。 「――以上が考査の内容だ。質問のある者はいるか?」  その雪を踏みしめ、よく通る声で告げる者がいる。  軽装の鎧を身に着け、それには不釣り合いなくらい立派な剣を腰に履いていた。  赤銅色の巻き髪を翻し、振り向くその姿を誰もが見とれるようにして見つめていたが、質問は上がらない。 「よろしい。では、始め!」  合図とともに、気合いを込める掛け声と剣戟の音が鳴り響く。  すでにある程度の技量を身に着け簡単に相手を倒す者もいれば、引けた腰で相手を伺うばかりで なかなか攻撃に移らない者もいる。  そしてそれらの様子を見ている兵士たちが、手元の用紙に評価を書き込んでいく。  春――それは生命の息づく季節でもあれば、期で区切られた学校、職種の始まりの季節でもある。  それはこのグインファール王国軍とても例外ではない。  本日は新規入隊者への入隊試験なのだ。  完全実力主義のグインファール王国軍では、新兵の入軍に当たっての考査は一対一の対戦式を用いている。これならば非常に簡単に実力が測定できるからだ。  また、ここで良成績を残せば必然的にスタートラインも違ってくるので、受ける者たちも皆意気込んでいた。 「どうだ? 目処はついたか? ガダル」  開始の宣言をした者が近くの兵士に声をかけた。騎士を示す剣の紋章が描かれた鎧を纏ったガダルと呼ばれた男は、手にしていた書類から顔を上げた。  髪を綺麗に剃って脳天まで小麦色に日に焼けたその男は、屈強で巨大な体つきと、子供たちに絶対泣かれるという強面からは似合わない理知的な声で答える。 「だいたい目星はつきました。ですが一人、面白いのがいるんです」 「面白いの?」 「女性なのですが、これが酷く弱い」 「それはまたヘスティ将軍目当てじゃないのか?」  別の兵士がその話に割り込んでくる。
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