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 桃香が頬を打たれてきた以上に、菊江は佐和子に厳しかった。  凛と伸びた背で、監視するように見張られ、詰られ、打たれてきたはずだった。  やがて病に倒れ、排泄物を垂れ流すだけの存在に成り果てた菊江を、佐和子はどんな思いで介護し続けてきたのだろう。  明確な意識すらも曖昧で。  時折流す涙すら、意思とはかけ離れてるその枯れた姿を。  貞淑な妻の鎧だけでは、語れないなにかがあったはずだった。  ほっとしてはいまいか。  こうして穏やかな死に顔を前にして、ようやく苦行から解放されたのだと、絶句するその内側でほくそ笑んではいないか。  ――そうやない――…  そうではない。  そんなことを考えたいのではなくて。  本当、は。  静かな朝だった。  カーテンの隙間から零れる光の筋が、幾重にも重なって菊江を照らしている。 「お義母さん――…」  佐和子が畳にひれ伏す。  ――懺悔するように。  おそらく……そう。  あの朝に、十字架に打ち砕かれた自分と同じ思いで。
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