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朝陽に透ける菊江の頬をもう一度撫で、桃香は立ち上がる。
洋介の腕を引き、壊れたように震える体を抱き締めた。
「――怖いこと、なんもないんやで、洋介……」
「う――」
「泣いてかまへん――…」
胸元の薄い布がきつく握られ、濡れていくのがわかった。
「びっくりしたやろ……? もう大丈夫や……大丈夫――…」
驚くほど、優しい声を出している自分がいた。
そう――気持ちは穏やかだ。
いつも、考えていた。
いつか来るだろうこの日に、一体自分はなにを思うだろう。
泣くことが、できるだろうか。
菊江を惜しむことが、果たしてできるのだろうか。
耳には佐和子の呻き声。
胸には洋介の震えと涙。
視線を返せば、神々しいほどに朝陽を受ける、命のない体。
綺麗だと思った。
純粋に。
「もう、なんも苦しいことがない場所に行きはったんや、お祖母ちゃんは――…」
そうしてゆっくりと瞼を閉じ、桃香は初めて、菊江を愛おしいと感じていた。
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