12

11/17
前へ
/270ページ
次へ
 常の佐和子ではない、荒いもの言いだった。  重ねられる言葉の端々に、女の情念が宿る。  粟立つ腕を抱き締めるように、桃香は畳に膝をつく。  どこにも力が入らなかった。  ――純平。  ――志緒。  ――遥――…  思い浮かべる顔はどれもが曖昧なまま消え、足元のざらついた感触さえもが夢の中だった。 「あんたの話を、私は聞いたことない。――わかるか? 私はいつでも、萱の外や」 「お母さん――」 「あんた――誰やの」  大きく体を揺らして震えだした佐和子の眼には、もう桃香も、他の景色も、なにも映ってしなかった。  立ち上る線香独特の臭いが、現実を報せている。  髪に、肩に、線香の煙が染みていく。 「あんた、誰やの」 「桃香、や――」 「違う。桃香やない。桃はそんな目で私を見らん。そんな……そんなえげつない目ぇで」  世界のすべてが、色と音をなくした瞬間だった。  あぁ……ここにも、非日常が横たわる。  繰り返し、繰り返し。  巡るその輪廻。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

394人が本棚に入れています
本棚に追加