394人が本棚に入れています
本棚に追加
常の佐和子ではない、荒いもの言いだった。
重ねられる言葉の端々に、女の情念が宿る。
粟立つ腕を抱き締めるように、桃香は畳に膝をつく。
どこにも力が入らなかった。
――純平。
――志緒。
――遥――…
思い浮かべる顔はどれもが曖昧なまま消え、足元のざらついた感触さえもが夢の中だった。
「あんたの話を、私は聞いたことない。――わかるか? 私はいつでも、萱の外や」
「お母さん――」
「あんた――誰やの」
大きく体を揺らして震えだした佐和子の眼には、もう桃香も、他の景色も、なにも映ってしなかった。
立ち上る線香独特の臭いが、現実を報せている。
髪に、肩に、線香の煙が染みていく。
「あんた、誰やの」
「桃香、や――」
「違う。桃香やない。桃はそんな目で私を見らん。そんな……そんなえげつない目ぇで」
世界のすべてが、色と音をなくした瞬間だった。
あぁ……ここにも、非日常が横たわる。
繰り返し、繰り返し。
巡るその輪廻。
最初のコメントを投稿しよう!