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生きることそのものに疲れてしまったかのような、佐和子の望洋とした眼差しが、女を宿して燃えていた。
振り返れば、菊江の穏やかな微笑。
幾重にも重なる罪の十字架は――ゆるしは、どこにあるのだろうか。
「――もうええ。なんでもかまへん。あんたが誰でも、なにがあっても、もうええ――…」
ふと表情を和らげた佐和子が、口角を上げて微笑んだ。
ぞっとするほど、綺麗な微笑だった。
遺影の菊江と――同じ。
「私は……もう、疲れた――…」
どこまでも静かに、穏やかに。
ため息とともに呟かれた言葉に、桃香は戦慄する。
つい先日、同じことを洩らした自分と重なった。
「疲れてしもぉた――…」
ひたり、ひたりと、佐和子の頬を落ちていく涙が、毛羽だった畳のカスのまとわりついた喪服に染みを作る。
肉の落ちた頬に、睡眠の足りていない落ち窪んだ眼。
――誰、か。
助けて。
――誰、か。
なにも言葉を返せず、身動きすらもできず、桃香は立ち尽くした。
その言葉の後に続く声がなんであるのかを、知っていた。
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