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その眼に浮かぶ色を、桃香は知っている。
つい数日前まで、毎日のように鏡で見てきた色だった。
「誰も、私を助けてくれんのやどうせ……」
「違う、お母さん」
「この家に嫁いで、何年になるんやろ。どんなにがんばっても、中川にはなれんのや」
「家族、やんか――…」
「なぁ、桃――」
嗚咽もない佐和子の涙だった。
「家族ってなんやろねぇ――…」
ゆるしてやってねぇ――…
蝉の鳴くあの夜。
義之のし尿で汚れた洗濯物を抱えて、愛しげに微笑んだ佐和子がいた。
壊れていく精神。
その様を目の当たりにして、桃香はただ項垂れるしかなかった。
「桃香? お前に客来てんで。――どうしたんや」
「お兄ちゃん――」
「母さん、どうしたんや」
「お兄ちゃん……!」
「俺が見るさけ、お前は玄関行っとき。大丈夫や」
「あ……」
「いつも、すまなんだな、桃香。たまには俺にも、身内らしことさせてくれよ。――お前だけが被る話やないんや」
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