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「佐伯くんが、心配してるわ」
「純平、は」
「ずっと、ね。連絡してくれてるの、私に。桃ちゃんのこと、教会のこと、天野さんのこと」
「は、るか」
「今日もね、天野さんと、迎えに来てくれたの。ふたりとも、外にいるから」
「ああ――」
「佐伯くんは、本当に桃ちゃんが好きなのね――…」
こうして動き出す世界。
立ち止まることをゆるしてくれない――それが、その意思が、こんなにも優しい。
人は、ひとりではないのだということ。
――それが、力。
どうか菊江の困難の時に、足跡がひとつであったことを、願う。
その罪が、ゆるされたことを願う。
幸福への計画に、菊江が組まれていたのだと、信じる。
初めて人のために流す涙は、汗と蝉の鳴き声と、志緒の手のひらの温度に増幅される。
決壊したダムのように。
「心の話を、しましょう――…」
踏み出すその一歩を。
桃香は抱き締める。
菊江の穏やかな死に顔が、瞼に焼き付いて離れなかった。
忘れない。
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