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「桃香――ちょっとかまへんか」
襖から顔を出したのは、直樹だった。
ゆっくりを首を動かして見上げれば、驚いたように目を見開く。
「お前……泣ける、んやな……」
純平が心配そうに眉をひそめるのに、桃香は軽くうなずく。
遥にも頭を下げ、志緒からハンカチを受け取って立ち上がった。
痺れていたのではなく、目眩だった。
純平や志緒が動くより早く、直樹が桃香の腕を取る。
力強いその手のひらを、懐かしいと感じている自分がいた。
「お話し中にすんません。少し桃香を借ります」
手を引かれたまま廊下に出れば、ややひんやりとした、湿った空気だった。
長い薄暗い廊下は、歩けばぎしぎしと、たわむ。
ニスは剥げても、艶のある色。
毎日、毎日。
きつく絞った雑巾で、丹念にこの廊下を磨いた菊江の姿が思いだされ、それはいつしか佐和子の姿に変わる。
「美希が、な。ちょお苛々しとるで、ひとまず帰るわ」
「――わかった」
「涙、拭かんのか」
「なぁ――お兄ちゃん」
「なんや」
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