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「――お母さん、どうしてはる……?」
「気絶するみたいに寝てしもてるわ。疲れが溜まっとるんや。お前は心配せんでええ」
「明日も、来てくれはる?」
「桃香――」
うつむいた桃香の手からハンカチを取り、直樹がぶつけるように顔を拭く。
ごしごしと痛いくらいに擦られながら、桃香はされるに任せていた。
「お前はまだ子供や」
しん、と静まった廊下に、直樹の声が響いていた。
離れた玄関から射し込む光は遠く、独特の湿気った色。
足の裏のひんやりとした板の感触が、心地よかった。
どこかで蝉が鳴いている。
「俺も、子供みたいなもんや。でも、お前の兄ちゃんや言うこと、忘れてしもてたわ」
「そんなん」
「親父のことも、おばぁのことも、母さんのことも――もっと話しやなあかんやった。お前にだけに背負わす話やないんや」
「違う、うちは」
「もう――おばぁはおらんのやなぁ――…」
一段と蝉の声が大きくなった。
「ゆっくり……考えようや」
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