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「そんなん無理です」
「――純平。その返し、おかしないか?」
「そやかて、俺には無理ですもん。いきなりハードル上げんとってくださいよ」
「ハードルの意味がわからんわ」
「まずはマックからで」
「――アホらし」
どこまで本気なのかは読めなかったが、そう軽口を叩く純平の気遣いが、純粋に嬉しかった。
やり取りを聞いていた志緒が、ふっと笑う。
それだけで、湿った空気が軽くなるのがわかった。
「佐伯くんに、桃ちゃんの手料理は早いわ」
「なんや俺、酷い言われよう」
「私だって、まだ食べたことないのよ? 佐伯くんは、その後にして」
「桃さんの独り占めは、ゆるしませんよ」
「――どっちでもええわ」
際限なく続く言い合いに投げやりに言葉を返して、長く息を吐き出す。
少し、時間の戻ったようなこそばゆさ。
冷たいコンクリートの檻でこうして過ごした時間は、まだ遠くない過去のことだったはずだ。
――懐かしい、なんて。
そんな感情はおかしい。
嬉しい、なんて。
「笑うことは罪ではないよ」
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