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 遥の、静かな声だった。  いつの間にかぴたりとやんだ蝉の声。  窓から見える薄暗い夕闇に、まばらだった人の声すらも。  すべてが、動きを止める。  菊江がいて、義之がいた。  直樹がいて、洋介がいた。  佐和子がいた。  セピア色の景色の中で、たしかに笑えていた幼い自分。  優しい記憶は誰も裏切らない。  誰も桃香を傷つけない。  寂しい、とか。  悲しい、とか。  苦しい、とか。  泣きたい、とか。  ――そうやない。  そうではなく。 「前にも言ったね。君はもっと、自分に優しくすることを、学ばねばならないよ」 「――はい」 「今、桃香くんの胸の中で、一番大きな思いはなんだろう」 「うち、は」 「綺麗事でいい。今は、まだ」  明日から始まる日常に、解いていかねばならない糸屑が、ある。  納める場所を探さねばならない感情が、ある。  ――けれど。  せめて、今だけでも。 「――来てくれて、会いに来てくれて、ありがとう――…」
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