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今から帰ろうと思う人間は、ふつう、こんなに大きなバッグを持っていない。
チェレンが苦しいうそを若干上ずった声で言った。ちらりと顔を盗み見たら、頑張って無表情を保とうとしている、そんな努力がうかがいしれた。
「そ、その通りです。では、私たちはこれで……」
ただ、苦しかろうとなんだろうと、裏を合わせなければならない。この老婆とかかわるのはごめんだ。
「こんな若いうちからうををつくのはよくないよ。旅人さんなんだろう?」
笑顔で言い返されて、私たちの時間が止まった。
どうする、というチェレンの声が聞こえたわけではないが、少なくとも、そういいたがっているような気がした。
どうするって、どうするのよ。
勝手に想像したチェレンの言葉に心の中で答える。
チェレンを見たら、ついに無表情の仮面が外れ、ぴくぴくとほほをけいれんさせていた。
「それにね、うそをつきすぎて魔女になったお姫様に、そんなうそが通じると思うかい?」
自ら魔女と名乗った老婆は、くく、と笑った。
「なにも悪いことはしないから、今日は私の家で食べていきなさい」
そろそろ完全に太陽が沈もうか、という頃。ただでさえ暗い森は、押し寄せる夜の気配に早くも飲み込まれていた。
冷たい空気が辺りを包む中、私はよくわからない笑い声を飲み込むのに必死だった。こんな時に笑い出すなんて、それこそ正気の沙汰ではない。
チェレンのほうを見れば、いつも冷静な彼が腰のベルトについているモンスターボールに手をかけている。わからなくもないが、おそらく目の前で笑う彼女は戦うポケモンを持っていないだろう。相手がトレーナーでないなら、チェレンのその行動は、意味がない。
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