0人が本棚に入れています
本棚に追加
チェレン自身もとりあえず理解しているようで、あまりお目にかかれない彼の悔しそうな顔を拝むことができた。うれしいことではないが。
老婆が笑う。
「私を怒らせないほうがいいよ。ひょっとしたら、うっかりお前たちをガマガルにしてしまうかもしれないからねぇ」
異様に長い爪を、まるでそれ自身に意思があるようにゆらゆらと動かしながらの脅し。
その内容は笑い飛ばせば終わるものだが、不思議な説得力がある。
「くう」
のどが鳴った。押しつぶされそうになったチョロネコのような声が出た。
それが合図だったかのように、チェレンがいう。
「そんなこと、できるんですか」
さりげなく動いて、私の前に立つ。老婆のほうはチェレンの位置の差に気づいていないらしい。魔女といえど、現役の冒険者とそうでない人とでは、戦闘能力に確実な差がある。
それに気づいて、少し安心した。
老婆は自然な動きで右手をあげる。その人差し指は、暗闇の中、どうにか赤だと判別できる花を指さしていた。
それが突然、光る。
私は驚いて声を上げ、チェレンは黙っていた。
その間に光の球になっていた花だったものは、あっという間にガマガルになっていた。
現実とは思えないガマガル。そいつは好き勝手に泣き喚いた後、ひょこひょことどこかへ消えてしまう。
本能はこれは夢だと叫んでいたが、理性は夢ではないとつぶやいていた。
旅をしていると、よく、二つの場面に突き当たる。本能に従うべき瞬間と、理性の結論が出るまで待つべき瞬間だ。
そして、今は、後者が正解。
どんなにありえないことでも、これは、現実。この両目でしっかりとみたもの。
「これで、満足かね?」
老婆が見下すようにいう。
私たちの常識など大幅に飛び越えた、魔法という名の力。
道は、一つしかない。
「では、よろしくお願いします……」
チェレンがうめいた。
最初のコメントを投稿しよう!