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「ねぇ、桜の私」
『お茶の時間』と名付けられた部屋で、隣の部屋のアリスが話し掛けてきた。
「なに?菫のアタシ」
アリス達はお互いを自分として接することが義務づけられている。
菫の…ぼーっとした夢見がちな瞳のアリスは、チョコチップのちりばめられたクッキーを片手に他のアリス達を眺める。
好きな時間に食べられるとはいえ、食事のための部屋などはしっかり守る。
少しお腹が空いたなと思ったアリス達は、必ずこの『お茶の時間』の部屋に集まる。
「チェシャ猫さんは何故私を連れてきたのかしら」
チョコチップクッキーを頬張りつつも瞳をきらきらと輝かせながらあれこれと予想する。
「あら菫のアタシ、好奇心は災いの元よ」
紅茶に砂糖を入れ、さも興味ないですという雰囲気たっぷりに返す。
でもアタシもずっと気にはなっていた。
チェシャ猫と呼ばれている屋敷の主を、アタシは一度も姿を見たことがない。
お利口さんなのねとがっかりしたように菫は呟いた。
「でもね、桜の私」
ぐぐっと身を乗り出し、菫はアタシの目を見る。
不思議の国のアリスが着ている服そのままの格好、これがここでの制服である。
でも菫は髪は黒く日本人形のような顔。
けして似合わないわけじゃないけれど。
「チェシャ猫さんってとても素敵な方じゃないの!」
「菫のアタシは会ったことがあるの?」
きっと今の自分の顔は目も口もまん丸に、とても奇妙な表情だろう。
「あら桜の私はないの?」
とても格好良くてお優しい方だわっ、と手を胸の前で組み夢見心地で語る。
自分が見たことのないモノを見たことがある菫に少し嫌な気分になった。
「大丈夫、桜の私もきっとすぐに会えるわ」
にっこりと微笑み、またチョコチップクッキーに目を戻した。
アタシは面白くなくて、紅茶を一気飲みして部屋へ戻った。
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