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「ああっ、すみませんっ」  真っ白なゲレンデを見晴らせる開放的なカフェテリア、そのカウンター席。私は隣席に掛けていた男性に謝った。間違ってグラスを倒し、水を零してしまったのだ。 「ごめんなさい、すぐ拭きますから」  手元にあった紙おしぼりで拭こうとしたら、おしぼりが水分を吸い取らず、逆に水を押しやってしまい。 「やっ……」 「ああっ!」  私はパニックになった。だって押しやった水が携帯を濡らしてしまったから。 「おい」 「すみませんっ!」  その男性は手を伸ばして携帯を取り上げると紙ナプキンで水を拭く。二つ折りのそれを開いてボタンを操作するも、画面を見つめる彼の表情は渋く。 「あ、画面がチカチカして……あれ、真っ白だ。げっ、壊れた」 「すみません、どうしよう」 「あーあ」  赤いスキーウェア。上下とも真っ赤。胸には“スキースクール”の文字が刺繍されている。 「すみません、弁償します」 「弁償?」 「それ、無いとお困りですよね。すぐに……」 「麓のショップまで1時間以上掛かるし、俺これから仕事だし」  私が買いに行くにも携帯やスマートフォンの類は本人確認か委任状が必要だったような。修理にしろ代替機を借りるのだって、コドモのオツカイって訳にはいかない。どうしよう……。
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