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恐怖が、突然、やってきた。
彼女がいつも通りにマンションに帰り、誰も居ないはずの玄関を開けると、見慣れない男性者の靴が乱暴に脱ぎ捨てられ、何かを激しく物色する音がする。
怖くなって部屋から一旦離れようとふらっと後ずさりした瞬間何かにぶつかり、
「カゲヤマ、どうした?」
怪訝そうな声が掛かった。
ぶつかった物を確認するように振り返ると、なぜか同僚の矢島が首を傾げて立っていたが、ただならぬ彼女の表情と出会った瞬間、部屋のドアと交互に見比べ、小声で、
「…どうした?、何かあったのか?」
「何だろう…、恐い!」
「オレ、見て来ようか?」
「止めて、矢島が怪我したらイヤだから」
部屋に入って行こうとした矢島の腕を必死で引っ張る涙目の彼女の手は、尋常でない位恐怖で震えていた。
矢島は彼女の震えを止めたくて肩をキュッと片手で抱き寄せると、
「取りあえず、カゲヤマ、……来い。」
そうつぶやいて、その場から離れようとした。
「まだ、居るみたい…、どうしよう」
壁に耳を寄せていた彼女が困ったように涙声で矢島に訴えると、
「取りあえず、コーヒーでも飲めば?」
落ち着いた口調で矢島はマグカップを差し出した。
ここは隣の矢島の部屋。
このマンションは会社の所有物で寮替わりになっているが、殆どお互いの行き来はない。
矢島とは同期だが、違う部署のためなかなか接点もなく、隣同士でも顔をあわせることは稀だった、そう、特にあの日以来。
「矢島、ごめんね……。」
「別に。それよりお前、警察に届けなくっていいの。」
「……」
「別にお前の自由だけど、何だか秘密がありそうだな?」
矢島の表情は至って誠実に、興味本位でなく心から心配してくれているようで、
彼女はそんな矢島に思い切ったように、
「どっちか、わかんないの」
そう告げると、とうとう声を押し殺しながらも、泣き出してしまった。
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