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黄金色のクワガタ人間。
『それ』を表現するには、一番しっくりくる言葉だろう。
全身はまるでカナブンのような毒々しい黄金色で、ちょうどこめかみの辺りから、ノコギリクワガタのような曲がったツノが二本前方に飛び出ている。
また両手に一本ずつ持っているのは、体色同様黄金色にぎらぎらと輝く刀。
まるで、特撮番組に出てくる怪人のような姿だった。
『それ』はただ一人、呆然としたように立ち尽くしていた。人通りの少ない路地裏。放置されたゴミ袋などが異臭を放ち、もとより人を寄せ付けないような場所だった。
三十分、一時間……どれだけの時間が経っただろうか。
やがて、ぱらぱらと雨が降りだした。ただの小雨だ。しかしそれでも雨は人を濡らし、物を濡らし、地面に落ちて流れてゆく。『それ』も例外ではない。黄金色の体は錆びたように輝きを失い、手に持つ刀の先からは雫がぽたぽたと垂れる。
しかし『それ』は、赤く不気味に光る双眸を前方に向けたままピクリとも動かない。さながら全身を無数の矢に貫かれ、仁王立ちのまま絶命したと言われる某英雄を彷彿とさせるような様子だった。
だが、実際に絶命していたのは『それ』ではない。『それ』の眼前に横たわる女。死んでいるのは彼女だった。
『それ』はずっと、ずっとずっと長い間彼女を見続けている。一瞬も視線を外す気配はない。きっと、たとえ今降っている雨が槍に変わったとしても、それが変わることはないだろう。
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