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女性は、うつ伏せに横たわっていた。彼女の下腹部辺りからはじわじわと赤い液体がにじみ出ており、見ているだけでも痛々しい。
流れ出す血液こそ、先ほどまで彼女が生きていたという証だ。しかし、雨はそれすらも無情に洗い流してゆく。
……その時。ざり、と地面を踏みしめる音がかすかに響いた。
人だ。人が、女性の死体の後方から、霧を払うようにゆっくりと姿を現した。グレーの大きな傘をさし、この場に似つかわしくない優雅な足取りで歩いてくる。顔は傘で隠れてよく見えないが、スカート型のフォーマルなスーツとハイヒールを着用していることから、女性であるのは間違いないだろう。
女は死体のところで立ち止まると、腰を屈めてそれをまじまじと観察し始めた。その動作に、恐れや躊躇いというものは一切感じられない。まるで、ルーティン・ワークに臨んでいるかのような気軽さで。
死体を仰向けにひっくり返すと、女は切り裂かれた腹部に指を這わせる。なお、彼女の手にはビニール製の手袋がはめられているので、血が直接女の皮膚につくことはない。
女はしばらく、見事に裂かれたその傷口を、愛撫するように撫で続けた。死を確認しているのではなく、傷そのものに魅了されているかのように。
やがて女は立ち上がり、『それ』に向かって何かを告げる。
『それ』は頷くこともしなかったが、女は責務は果たした、とでもいうように、すぐにその場を立ち去った。
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