少年

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私たちは、また同じ道を歩きだした。 「今、何か思い出しそうだったよ。」 「そうですか。」 「花束をみたら急にね…。」 「………。」 静かになる。 沈黙が5分ほど過ぎた後、意を決して私は口を開いた。 何か話さなくては。 なんでもいい。 何か…。 「君の家族は?」 「いません。事故で無くしました。 居眠り運転のトラックで…。」 「そうか…。」 失言だった。 「娘さん…いるんですね。」 「ああ。今は病院だけどね。」 「病院?どこか悪いのですか。」 「心臓が…。」 「あの…、治るんですか?」 「ああ。 ドナーを待ってるんだ。 やっと娘の番だ…。 次のドナーが現れるまでなんだよ…。 まぁ、長かったし、 大金も支払ったけど…。 でも安いものだったよ。 自分の娘は一人だけだしね。」 「そうですか。」 「私が花を持っていくと、とても喜んでくれてね。 週に一度、花束を持っていくんだ。」 「なるほど…。」 「その花束、貸してくれないか?」 花束に手を伸ばす。 だが、掴めない。 手をすり抜けてしまう。 「あれ…?」 目の前にあるのに。 あの時もそうだった。 目の前に病院があるのに。 娘が待っているのに。 「急いでいたんだ。」 「? なんですか?」 「あの時。寝坊して、いつもの時間に間に合いそうになくて。 だけど渋滞で…、走ったんだ。」 「…それで?」 「走った。走ったけど、…花束を買い忘れた。 引き返そうとしたら。」 「したら?」 そうだ。引き返そうとして… 「車がきて………。」 「…思い出したよ。 全部…。」 「そうですか…。よかった。」 そうだ。私は…、 死んだのか。
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